2011年05月27日

中村紀洋が横浜ベイスターズに入団・会見・契約

横浜入りした中村紀洋内野手(37)「おっさんですけど、できることは全力できっちりやらしていただきます。皆さんよろしくお願いします」

入団会見を行った際には
「半分あきらめかけていたが、信じて続けてきてよかった」
「ユニホームを着られる喜びでいっぱいです。クライマックスシリーズを狙えるよう頑張りたい」
「電話を切った後、泣いてしまった。家族全員で泣いて喜んだ」


今回も年俸500万円+出来高で契約で入団しましたが、低年俸から上昇することが多いというよりも、年俸は高いほどの選手なのに、最初は数百万契約で始まることが多いという印象ですかね。

球団・チームにとっても謙虚に初心から始めてほしいということでしょうか。

中日時代には年俸は低いながらも年俸600万円が5000万円に増額。

楽天時代には1年間で1億円アップの経験もあり、1億5000万円にまで上昇したこともあります。



村田主将も去年まではあまり全力で走らなかったことがあったりとしていただけに、言いづらい気持ちもあったかもしれませんが、やはりチームの雰囲気が勝敗に影響しますし、思い切って年上の中村選手にも言ったという感じでしょうかね。

過去には
02年12月13日「結論を迫られて返事をしたくない。FAを楽しみたい。それが星野監督の気持ちに反しているなら、ボクの気持ちだと伝えて」
02年12月21日「メッツ側の不手際というか、自分が求めていた日本形式の契約がしたかった。ルール違反する球団とは契約できないということ」
05年8月2日「契約はちゃんともらってこい、と。頑張っても、契約に縛られることがある。自分はそれに一番幻滅した」
07年2月13日「(中日入団が決まり)やっとこの日が来た。ユニホームに袖を通すことができるように、今までの成果をぶちまけたい」
10年11月21日「(楽天を解雇され)ユニホームさえ着させてもらえば自信はある。子どもも小さいし、40歳までやりたい」
村田主将からは「全力疾走してもらいましょう。有無を言わさず」「全力疾走できますか?」と言われ「おう、できるよ。先に(足の筋を)切るなよ」

中村紀洋内野手はこれまで中心人物で優遇されてきたこともあるだけに、自分中心な言動もあり、協調性がないとか、扱いづらい選手という風にも見られてきたようなので、そこをどう変えていくかは大事でしょうかね。

今回の入団では親しい関係者が球団社長にノリにチャンスを与えてほしいという嘆願があったとか、縁故入団だったという話も出ていますが、真相はどうなのでしょう。

有名になれば知り合いも増える、そうするとチャンスも増えるで、これは本人のこれまで積み重ねた努力ではありますね。

posted by じょっほ at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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